SPECTRE (Sam Mendes, 2015) - A SPOILER FREE REVIEW BY PAUL ROWLANDS (JAPANESE VERSION)

スペクター(サム・メンデス監督、2015年)

ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レア・セドゥ、レイフ・ファインズ、アンドリュー・スコット、イェスパー・クリステンセン、モニカ・ベルッチ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、デイヴ・バウティスタ、ロリー・キニア、ステファニー・シグマン 148 

 前作「スカイフォール」(2012年)は総額10億 ドル以上を稼ぎ、インフレを考慮しても、シリーズで商業的に最も成功している。またオスカーを二部門(うち一部門はアデルの主題歌)で受賞し、あらゆる映 画の中で最高との評価を得た。プロデューサーであるマイケル・G・ウィルソンとバーバラ・ブロッコリは、本作の監督サム・メンデスが舞台の仕事を終え、次 の映画に着手できるのを待ちわびていた。ボンド24(別名「スペクター」)への期待は大きい。

冒頭場面では、「黒い罠」(1958年) を思わせる巧みでスリル満点のカットもあり、「死者の日」の祭の中、メキシコ・シティで、ある男を追い、暗殺を企てるボンドが登場する。ボンドは任務遂行 中に町をほぼ破壊するが、ローマ、オーストリア、モロッコへと向かい、ロンドンへと戻るきっかけになる指輪を手に入れる。それはまた「カジノ・ロワイヤ ル」(2006年)で始まった一連の事件を終わらせるものでもあり、ボンドは自らの過去や未来と向き合うことを強いられる。同時に、MI6MI5との統合やダブルオー・セクションの廃止へとつながる世界的情報共有ネットワークの創設とⅯが戦うものでもある。

本作はダニエル・クレイグ初の「正統な」ボンド映画である。「スカイフォール」での忘れ難い出来事を経て、ボンドは過去に我々が知り、愛したあの007に なった。余裕があり、服装も、洒落たセリフも、女遊びも、装備類もすべて揃い、うまくハマっている。過去のクレイグ出演作のボンドはまったくヒーローでは ないと不平を漏らした人は、そのようには感じないだろう。過去の作品での出来事の結果、ボンドはきわめて人間的にもなった。ヒロインは彼が「いい人」だと さえ言っている。クレイグは、シリーズで最も象徴的なボンドを演じており、「ゴールドフィンガー」(1964年)や「サンダーボール作戦」(1965年)のコネリー以来見られなかった力で役を自分のものにしている。本作で最もうれしい要素の一つに、バルコニーから悪党を投げて死に追いやる前に浮かべる笑み、アストンマーチンDB10の運転席に座ったときの喜び、レア・セドゥとの面会でのふざけた口調といった、クレイグが見せるちょっとしたユーモアを感じる瞬間がある。本作のトーンからは、最初の4作品や「女王陛下の007」に見られる、真剣さとおかしさがほどよく釣り合ったあのトーンが思い出される。

「スペクター」はその大部分が依然サム・メンデスのボンド映画であり、大部分が「スカイフォール」の続編である。メンデスは、後者の最終章にある薄気味悪 い不安感を前者に吹き込んでおり、ボンドと仲間たち - レイフ・ファインズのⅯ、ベン・ウィショーのQ、ナオミ・ハリスのマネペニー - との関係は、 前作から心地よくかつ楽しそうに築かれている。メンデスは映画の最後の場面を再びイギリスに設定し、物語ではボンドが再び過去と向き合い、昔の自分と再び 戦わざるを得なくなる。メンデスは調査や情報収集における人間的感触(情報部員)の必要性を探求し続け、ここでは、政府が自国民を監視することや各国間で 情報を自由に共有することの影響にも関心を示している。「カジノ・ロワイヤル」911後のスリラーであり、「スペクター」はスノーデン後のスリラーだ。 

メンデスは、新しくてロマンチックな感覚も本作に持ち込んでいる。スペクター」では、ボンドと、レア・セドゥ演じる心理学者マドレーヌ・スワン博士との 間で、ロマンスがゆっくりと生まれてくる。二人の関係には、ボンドの過去の関係が反映されている。本作のセドゥは魅力的だ。時に絶妙ではないが、場面ごとに違った美しさがある. 実在感あるキャラクターをうまく創り出している。マドレーヌはタフである一方繊細で傷を負いながらも、過去に打ち負 かされることのない女性だ。彼女は、ボンドにとって回生の新たな機会なのだ。 

「スカイフォール」では、ジュディ・デンチのⅯの死後、レイフ・ファインズが代わって任命された。最新作では大きな見せ場を持ち、C(アンドリュー・ス コット)を相手にやりあっている。また、ボンドとの新しい関係もワクワクするものでおもしろい。ボンドと、名女優ナオミ・ハリス演じるマネペニーとの関係 は、これまで以上に男女が魅かれ合うものとなり、深みが増した。ロリー・キニアのビル・タナーがその役で注目されるのはこれからだ。ダブルオー・セクショ ンの廃止とMI6MI5統合を目論む官僚であるアンドリュー・スコットのCは、演じるキャラクターの傲慢で不可知な性格を実に見事に表現している。
 
Qを演じるベン・ウィショーはただただ素晴らしい。デズモンド・リューウェリンに負けないほど愛らしく、その愛らしさは他に類を見ない。観客は、リュー ウェリンのときもそうであったように、ウィショーの将来の出演を楽しみにすることであろう。実際Qのセリフは、本作で、またボンドのおかげで一番おもしろ いものになった。ウィショーとクレイグ(共演は5回目)の相性は最高で、前作よりもはるかに強い(ボンド)で結びついている。 

ステファニー・シグマンとモニカ・ベルッチは、その美しさとカリスマ性で印象を与えるが、残念ながら出演時間があまりない。しかしベルッチは、劇中で最も 美しく仕上がった場面の一つに出ている。イェスパー・クリステンセンは「カジノ・ロワイヤル」と「慰めの報酬」に続いてミスター・ホワイトとして再登場 し、物語の進展で重要な存在を示す。ボンドとの再会は忘れ難く、そこには予期しない要素が見られる。

悪役オーベルハウザーを演じるクリストフ・ヴァルツは、クレイグ時代では一番興味深く、味を出している。ヴァルツはいつも驚くほど厳格な俳優であり、役を あえて控えめに演じる点で魅惑的だ。そのため人を悩ませる恐ろしい存在であり、そのことは、オーベルハウザーの狂気ぶりがうわべだけではすぐわからないだ けに、一層強調される。ボンドを拷問する彼の方法は、フレミングに続くボンド小説で使われていることがわかる初めてのものであり、非常に不安を煽るもの だ。 

本作の上映時間はシリーズ最長の148分 だが、「スカイフォール」よりもペースが速い。また舞台がより雄壮で、紀行的側面の美しさもきわめて心地よい。メンデスと、撮影担当者ホイテ・ヴァン・ホ イテマは、それぞれの舞台の性格や雰囲気を細かくとらえている。メキシコは壮大で生き生きとしている。モロッコはロマンチックで昔風の感じがする。砂漠で のワンショットは、「アラビアのロレンス」(1962年)でオマー・シャリフが登場する場面を思い 出させる。砂漠の中を進む列車の見事なカットは、荒廃した寂しげな美しさによって、忘れ難いものになっている。ローマは堂々とし、かつ歴史漂うもので、物 語中の亡霊とのつながりにお似合いだ。死にまつわる秘密の町であり、それは建築物にも反映されている。ボンドがオーベルハウザーを初めて目の前で見る瞬間 は、キューブリックや「アイズ・ワイド・シャット」(1999年)を真似たものである。この場面自体、「サンダーボール作戦」(1965年) の象徴的場面の現代版なのだ。オーストリアは美しいほどに白く、山々が連なり、そこではマドレーヌの人里離れた診療所の開放的なガラスが見られる。だが、 死や危険から逃れることは容易ではない。過去のボンド映画を思わせるものは数多く、意図的なものも、おそらくそうではないものもあるだろうが、「死ぬのは 奴らだ」(1973年)と「ロシアより愛をこめて」(1963年)へのオマージュであることは、メンデスとクレイグがすでに認めている。明らかに、過去のクレイグ出演作が意図的に反映されており、物語の推進力や感情を高めている。また、本作までの物語を感情的にも満足行くようにまとめている。

メンデスは本作を息づいたものにしている。タンジールのホテルの部屋でボンドとマドレーヌが互いを理解し、オーベルハウザーと向き合う前に二人のよく似た 過去と向き合うところが、事実本作で一番満足できる部分である。一つの場面で見せるセドゥの寂しげな顔と、感情がこもったトーマス・ニューマンの音楽に は、本当に胸が熱くなる。幕間のように感じるが、実際にはこれが本作の神髄なのだ。マドレーヌが悲しんでいく過程には時間をかけており、こうしたことはボ ンド映画やアクション映画ではめったにない。

アクション・シーンは物語の自然な成り行きから進展し、ボンドはその場で利用可能な手段を使って敵の裏をかいてゆく。例えば、「ロシアより愛をこめて」の 場合と同様に、装備を持っているとしても、それを使うには敵を欺かなければならない。アクション・シーンの編集は従来通りで、追いかけるのは簡単だ。冒頭 場面のヘリコプターでの戦いはスリル満点に組み立てられており、手に汗握る。ローマでのカー・チェイス(幻となったダルトン三作目の脚本中のアイディアに 類似)は、ボンドが車の装備に頼れない、高性能車二台のスピード対決になっている。ボンドの雪上飛行機と敵の自動車が繰り広げる追いかけっこは過去にない 手法で構成され、アドレナリン全開となる。この場面では、ボンドが行く手をよく考えながら敵をやっつけていくところが興味深い。

本作のハイライトと言えるアクション・シーンは、ボンドと、デイヴ・バウティスタ演じるミスター・ヒンクスが列車で繰り広げる、激しく、また演技指導や撮 影が実にうまい戦いの場面である。上出来としか言いようがない。ヒンクスは本作で登場するときも印象深く、ジョーズやオッドジョブと同様の、シリーズの一 見不死身で無口な悪党が戻ってきたことを歓迎したい。 

シリーズで三度目となるデニス・ガスナーの手腕はまたも卓越しており、登場人物の心理状態がいつも通り反映されている。家具がほとんどないボンドのアパー トに注目してほしい。ボンドは、一か所に留まるのではなく前進し続ける存在であり、そのことが映画美術に見て取れる。ジャニー・ティマイムが手掛けた衣装 は、時として優雅に、そしてロマンチックに古い時代を感じさせ、それ以外では今風で高級感が漂う。クリストファー・ノーランお気に入りの編集担当リー・ス ミスは、視覚面や物語上のわかりやすさを損なわずにペースを維持することに熟達している。また、複数の異なる登場人物を同時に巻き込むアクションでバラン スをとることにも才能を発揮している。トーマス・ニューマンの音楽は、「スカイフォール」の曲を繰り返すことで、同作への関連を強調するものだが、それら 繰り返される曲は、物語のミステリー、不安さ、密接性を、また舞台となる土地の雰囲気、歴史、感覚を強めている。サウンドトラックには印象に残るメロディ が欠けているものの、本作にはピッタリだ。サム・スミスの主題歌「Writing's on the Wall」は、従来とは異なるこの歌の成り立ちに慣れれば、時とともに味わいが深まる、ミッドテンポのシャーリー・バッシー風ラブソングである。ダニエル・クライマンの超現実的で悪夢的なメイン・タイトルに奇妙にかつうまく合っている。

メンデスと脚本家ジョン・ローガン、ロバート・ウィエド、ニール・パーヴィス、ジェズ・バターワースは、「スカイフォール」から論理的に続き、「カジノ・ ロワイヤル」で始まった一連の物語を完結させ、これまで以上の雄壮さ・正統さ・おもしろさを兼ね備え、新たなテーマを模索する、意欲的な脚本を練り上げ た。これは快挙である。

本作は完璧ではない。「スカイフォール」同様、論理が欠如していると言える箇所がある。作中で明かされることは、よく考えると呑み込み難いが、感情的には 真実らしく聞こえる。もっと引き締まった作品にすることはできたであろう。全体を通して調子が均等になっているため、物語を推し進めるワクワク感が「カジ ノ・ロワイヤル」や「慰めの報酬」ほどには出ていないという予想外の作用がある。本作の最終章は悪くないが、アクションの比喩的用法がおなじみのものなの で、ここに至るまでの部分には相応しくない。それでも結末は気持的に満足行くものであり、ボンドの最後のセリフも予想以上に感動的で明るく、シリーズ中で もクレイグ時代には感情的つながりが強まったことがうかがえる。

繰り返し鑑賞すると、「人が落下しても死ぬところが見えないのはなぜか? ボンドとマドレーヌの食事の場面では列車の他の乗客はどこへ消えたのか? 悪者 は具体的にどうやって勢力を得たのか?」といったつまらない疑問を持つに至る。ボンドが本当に危険にさらされていると思えるところはなく、全体を通して危 険からいたって簡単に逃れている。悪者の基地で展開する銃撃戦は、肉体的にも精神的にも傷を負ったボンドが脱出できないのではという危うさを見せるチャン スだったのに、無駄になっている。しかしこうした批判的な見方は、最も代表的なボンド映画にさえ当てはめることができるであろう。本作はシリーズ最高傑作 の一本である。
 
「スペクター」は芸術的に成功した、非常に 楽しくスリル満点の映画であり、「カジノ・ロワイヤル」以来満足度は最も高い。クレイグは、シリーズ中でも最高レベルの象徴的でリラックスした演技を見せ ている。製作もスリルがあり、美しく、雰囲気が出ている。ボンドとⅯ、Q、マネペニーとの関係を見ても、それぞれ独特で楽しく、ワクワクする。レア・セ ドゥはシリーズで最も実在感ある美しい女性の一人だ。クリストフ・ヴァルツとデイヴ・バウティスタは卓越した、忘れ難い悪役だ。筋書の題材は現代的かつ刺 激的で、「カジノ・ロワイヤル」から始まったボンドの旅が終わった感じがする。これによりシリーズは興奮やまないものとなり、今後クレイグが演じる各作品 の性質が予測できないことで、興奮はさらに高まっていく。このボンド俳優はこれまでで最高に円熟した、多才な俳優であり、深みのある楽しい映画にこの先も 出会えることを心強く思う。ボンド25が待ち遠しい。 

おっと、最後の場面まで来て笑顔を見せなかったら、君はボンドファンじゃないよ! 

訳:若松眞 

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